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  映画俳優ポン・テギュが、演技スタイルを変えた理由は?

映画『涙』で、俳優人生を始めたポン・テギュは、10編余りを越える映画に出演して、自分だけの演技の世界を作っている。彼は最近何編かの映画で見せてくれたコミカルな演技のために、イメージが限定されるのではないのかという憂慮に、イメージチェンジに対するせっかちな思いは全くないとし、うまくいっているものをあえて捨てたくないと、余裕で受け返した。

封切りを控えている映画『二つの顔の彼女』で、純情男“クチャン”を演じた彼は、いつも最善を尽くして作品に臨むが、今回の映画は今までのどの作品より、多くの期待と確信を持って臨んだと明らかにした。封切りを控えてさらに彼の話を聞くために、ソウル清潭洞にあるホテルヒューマンスタービルでポン・テギュに会った。

<< 次は一問一答 >>
-相手役“アニ”役にチョン・リョウォンを積極的に推薦して、キャスティングにも気を使ったという話を聞いた。
 
   "女優たちが意外にこの役を負担に思ったようだ。多重人格を演技するのが容易ではないからのようだ。リョウォン氏もこの役を断ったのに、私は知らずにいた。分かっていればこのように積極的にはしなかっただろう。以前からリョウォン氏と一緒に演技をしてみたかったし、メイクが同じ人だったのでその方を通じて私の考えを伝えた。"

-映画の中で本当に愛らしいと感じたカップルがいるか?
"映画『ウィンブルドン』に出てきたキルステン・ダンストとポール・ベタニーのカップル。いちいち愛していると言わなくても、お互いの微妙な心理が分かる愛らしいカップルだった。"

-何年か前に出演した週末ドラマ『漢江水打令』で見せてくれた、堅実な青年の役もよく似合うと思う。だが映画の中では個性が強くてコミカルな役を主に受け持っている。
"あのドラマは60部程の作品だった。息が長いから私のキャラクターをゆっくり見せることができた。出演陣も多くて負担も少ない。それに比べて映画は短い時間で、ストーリーと私のキャラクターを見せなければならない。それで短い時間で、観客に私の姿をアピールできるキャラクターを選択するようだ。あえて私がうまくいっているものを捨ててまでも、イメージチェンジする気持ちはない。コミックイメージで固まってしまうかと思って憂慮する人々も多いが、私のデビュー作『涙』の時には、私がコメディーが合っているとは誰も予想できなかった。今後もどんな作品が私のイメージを瞬間にして変えるのか分からない。"

-イ・ソクフン監督とは二度目のだ。無愛想だと聞いていたが、2度目だと少しは気楽だったと思うが。
"無愛想だというより言葉がない。演出者の指向をよく知っているので、演出スタイルを把握する時間を短縮することができた。だが監督もリョウォン氏も、言葉が少ないので中間でお互いの意見を伝達するのに大変だった。架け橋の役目をして、良くないことはみな引き受けたようだ。"

-『放課後の屋上』を除いては、今まで傑出した先輩たちと一緒に作業をしてきた。それで劇を導いて行かなければならないという負担感と、興行に対する負担も少しは分け合うことができたと思うが、今回はリョウォン氏が映画経験が少ないから、一人ですべてしなければならないという負担があったと思うけど?
"作品や興行が負担になるのは事実だ。この映画だからといって、そういう部分を多く感じはしなかった。むしろ、リョウォン氏と私が可愛く出てくるべきなのに、愛らしく見せるべきなのにということを心配した。そのように見えるように、お互いに呼吸もよく合わせなければならないので、そういう部分に神経を多く使った。"

 
  
  -映画『グァンシクの弟グァンテ』でも、キム・アジュン氏とのメロシーンがある。ところであえてこの作品を自分のメロ演技の始まりだと見る理由は?
"メロの真髄は、二人のアクションとリアクションが出会って衝突するものだと思う。『グァンシク〜』は、そのような衝突がない。私一人がキム・アジュン氏を好きで付いて回るだけだ。"

-今回の映画では自分の特色をたくさん“殺した”ようだ。“ポン・テギュ流のコミック演技”が少ない。後半部にあるメロのためにそのようにしたか?
"そんなことでは… 一度してみたかった。私が私の色を“殺せば”どうなるだろうか? 気になった。観客が認めてくれれば良いだろう。"

-今回の映画を通して得たいものがあるならば?
"興行成績!(笑い)"
 
    
    
 
 
 
    
 


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